本田美奈子の死因は白血病!原因と闘病を支えた歌と彼!小林麻央との死相の共通点!

出典:Jonny

こんにちは!星読みタロットチャネラーのMagicalです!

愛称は「マッジ」ですよろしくお願いします!

話題のニュース人の本質星座占いとタロットを活用したチャネリングメッセージをお伝えしていく他ではないサイトです!

本日のチャネ人は本田美奈子さん

1980年代を代表するアイドル歌手として活躍されておりました。

ルックスはとても可愛いのですが本格的な歌唱力もあり、彼女が病床からアカペラで吹き込んだ「アメイジング・グレイス」は今でも語り継がれております。

本田美奈子さんの死因の白血病の原因や闘病を支えた歌と彼氏!小林麻央との死相の共通点を

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本田美奈子さんの意外な経歴wikiプロフ

【名前】本田美奈子.(ほんだ・みなこ)

2004年に本田美奈子にドットを付けて本田美奈子.(31画)に改名されております。

【本名】工藤美奈子(くどう・みなこ)

【生年月日】1967年7月31日

【没年】2005年(平成17年)11月6日(享年38歳)

【死因】急性骨髄性白血病

【星座】しし座

【タロットカード】

【出身地】東京都葛飾区柴又→埼玉県朝霞市

【身長】162cm

【体重】43kg

【スリーサイズ】B:74cm、W:56cm、H:76cm。

【血液型】O  型

【レーベル】コロンビアミュージックエンターテイメント

【小学校】朝霞市立朝霞第六小学校

【中学校】朝霞市立朝霞第一中学校 

【高校】成徳短期大学附属高校→堀越学園高校

【趣味】 麻雀 ドライブ 

【家族】

父親・離婚している

母親・工藤美枝子(くどう・みえこ) 1941年生まれ 77歳(2018年現在)

東京都出身 NPO法人「リブ・フォー・ライフ美奈子基金」の発起人の一人

3歳下の妹・岡村律子

【彼氏】諸星和己 15年くらい付き合っていた

【入院】順天堂大学病院→国立がんセンター

【略歴】

1985年(18歳)シングル「殺意のバカンス」で歌手デビュー。

1986年(21歳)シングル「1986年のマリリン」がヒット。

1992年(25歳)舞台「ミス・サイゴン」に出演。

 ※他の主な仕事:

  舞台 「屋根の上のバイオリン弾」「王様と私」「レ・ミゼラブル」

  映画 「パッセンジャー 過ぎ去りし日々」

  ドラマ「陽のあたる場所」「遠山金志郎美容室」「ハート」

  CM 「カルビー ポテトチップス」「牛乳石鹸 シャワラン」

所属事務所が白血病患者を支援する民間非営利団体「LIVE FOR LIFE」を設立(=05年)

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本田美奈子とマリリン若い頃から歌がうまかった!

中学時代では、バスケットボール部に所属して、ポジションはフォワードだったそうです!

3年の時に県南大会に出場し、体育祭の800mで学校の新記録を出したくらい運動神経が良い子供時代でした!

しかしスポーツよりものめり込むものがありました!

本田美奈子さんは幼い頃からアイドル歌手にあこがれていたそうで、父親は芸能界入りを反対していたそうですが、母親は大賛成だったそうです!

(本田さんが17歳のときに両親は離婚されております)

本田美奈子さんが15歳のとき、1982年のTV番組「スター誕生」のオーディションを受けており準決勝まで残りましたが、残念ながら指名はされなかったそうです。

1983年に本田美奈子が高校生になったときに、遊びに来ていた原宿でスカウトを受けることになります。

高杉啓治のボンド企画でした。

後に本田美奈子さんの所属事務所の社長の高杉敬二氏が出演し、本田さんをスカウトした時の印象を下記のようにコメントを残しております。

「歌がうまいから群を抜いていた。目力が強かったし自分の意志をすごく言う子だった」

出典:スポーツ報知

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本田美奈子さんはアイドル時代から歌唱力はあったようです。

1984年の第八回長崎歌謡祭でグランプリを受賞してレコードデビューにこぎつけていますので波のアイドルではないようです。

透き通るロングトーンの歌唱力は1980年代のアイドルの中でもトップクラスだと感じます。

本田美奈子さんが有名になったキッカケは「1986年のマリリン」でした。

セクシーな衣装と腰を振る激しい振り付けが話題になり、「山本リンダ以来のセクシーアイドル」と呼ばれたのです。

このことで、歌のうまさで売れたと言うよりも・・セクシーなルックス先行で売れてしまった為にイメージが付いてしまったそうです。

(同世代のキョンキョンは歌でオリコン1位になったこともありましたが、本田美奈子さんは1位になったことがないそうです。)

それ以降の歌う楽曲が歌のうまさで売る曲がなくなってしまう残念な結果になりました。

しかし、本田美奈子さんはミュージカル女優でトップレベルを築いて行ったのです。

本田美奈子の本物の歌唱力はミュージカルから

きっかけになったのは、ミュージカル「ミス・サイゴン」でした

一般の人に混じってオーディションを受けて本田美奈子さんは合格されているのです。

これまでのアイドル時代の過去の栄光は捨て、再挑戦したのがミュージカルでした。

コネを使って国内のミュージカルに出演したということではありません。

「ミス・サイゴン」のオーディションは単身ロンドンに渡り受けに行ったそうです。

消して日本人のアーティスト枠ではなく、世界の実力者と競い合い、15000人もの中から選ばれ、ヒロインのキム役を掴み取っております。

そして「ミス・サイゴン」出演に際して1年間本格的なボイストレーニングを受けており、出演を重ねることに音域が広がっていき、もともと歌の才能はありましたが、彼女本来の開花することになりました。

本田さんの並々ならぬ、ミュージカルにかける意欲は半端なかったと言われています。

ミュージカル「ミス・サイゴン」出演中に舞台装置に轢かれて足の指を4本骨折されているのに、本番中は痛みを感じずに正座もして演技をされております。

さらに出演中の日常は、喉を休める為に声を出さず、筆談やゼスチャーで意思疎通をされ徹底したプロ意識があったことで有名です

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本田美奈子の闘病生活

ミュージカル女優として実力を発揮し人気を獲得した本田さんだったが、2005年に急性骨髄性白血病が発覚し闘病生活に入られております。

彼女の身体に異変が現れたのは2004年末のことだったようです。

全国6か所で行うコンサートを前に、3日間の人間ドックを受けることにし、その1か月ぐらい前から、めまいや微熱が続くなど、異変は感じていたそうです。

本田さんは風邪にも似たような病状を訴えていたそうですが、これこそが白血病の初期病状だったそうです。

2005年(平成17年)1月12日に病院に向かうも、そこで下された診断は「急性骨髄性白血病」でした。

しかも本田さんが侵されていた白血病は、なかでももっとも治る可能性が低い、発症率200万人に1人といわれる難治性のものでした。

本田さんは出演が決まっていたミュージカル「レ・ミゼラブル」「クラウディア」は、降板することになり、順天堂病院に緊急入院し翌日には事実を公表したそうです。

デビュー20周年で、彼女が活躍の絶頂にあった時です。

その時のことを事務所社長の高杉氏は述べております。

「お父さん、お母さん、ボクらも全部呼ばれて、医師団6人が並んで血液のがんですって宣言されました。お母さんは泣いて、ボクらは唖然としていたんですが、本人は気丈で、頑張るから気にしないでって。お母さんをすごく気にしていたわっていました」

出典:スポーツ報知

その後2度も渡る化学治療を受けるも回復することはなかったのです。

本田さんが入院中に毎日のように見舞っていた高杉氏、ある時、病室を離れ携帯電話を忘れたからと病室に戻ると

いつも笑顔で元気な姿を見せていた本田さんが泣いていたそうです。

「わんわん泣いている姿を見て、こっち見て、あっバレてらーって言って。この子、本当に我慢して、それが愛おしくて、何とかしてあげたいと思った」

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本田さんは3回の入退院を繰り返しておりました。

1回目は2005年1月12日に急性骨髄性白血病で入院し、辛い抗癌剤治療を2回ほど受けましたが白血病は悪化の一途でした。

8月に急場のしのぎで本田さんに適合する「臍帯血」という血を移植する手術を受けております。

骨髄移植をすべく本田さんに合うドナー(骨髄提供者)も探しましたが適合者が見つかるまでに数ヶ月かかると言われて断念したそうです。

7月30日に退院して、また再発し9月8日に2回目の入院をしております。

10月に一時退院しましたが、このときには最後の帰宅になるかもしれないと死を覚悟したかもしれません。

10月末には3度目の入院をしており、これが最後になりました。

肺への合併症が発生し、容態が悪化しております。

本田さんは2005年11月6日午前4時38分にこの世を去っております。

享年38歳でした。

下記の文章でどれだけ辛い治療だったのか、本田美奈子さんの壮絶な闘病生活を知ることが出来る資料ですので添付致しました。

美奈子の病気は、急性骨髄性白血病のなかでももっとも治る可能性が低い、発症率200万人に1人といわれる難治性のものでした。
通常、7割近い人が10日間1クールの抗がん剤治療で骨髄中の白血病細胞が5%以下になり、一時的によくなった状態である「寛解(かんかい)」に入ります。

しかし彼女の場合、1クールの治療で50%も残ってしまった。母親と僕が呼ばれて、非常に厳しい結果であると告げられました。

その後、2クール目の抗がん剤治療を行うことになったのですが、10日間続く治療は心身に相当の苦痛を与えるうえ、1クール目の副作用で口のなかは口内炎だらけ。話すのはおろか、痛くて水も飲めないような状態のなかで、本人も「どうして2回もやらなきゃいけないの?」と嫌がりました。

 

それでも、よくなる可能性があるからと先生方に説得され、2月初旬に2クール目の抗がん剤治療を行いました。

しかし、その結果は18%で寛解に至りませんでした。この数字は先生方の予想をも裏切るほど悪いもので、家族が呼ばれて「これが最後かもしれない」とまで言われました。そんなこと本人には言えないし、僕らはどうしていいかわからず、辛い日々でした。

骨髄移植*1をすべく美奈子に合うドナー(骨髄提供者)探しもはじまりましたが、適合者が見つかるまでには数ヵ月もかかるとわかり、断念。

病状が予断を許さなかったため、臍帯血移植*2に踏み切ることになりました。すると、ほどなくして適合する臍帯血が見つかり、美奈子もこれに希望を見出しました。
そして、3月に入ると移植に備えた3クール目の抗がん剤治療が行われることに。3クール目はさらにきつい治療で、高熱が続き、非常にひどいだるさにも悩まされました。

また並行して実施した放射線治療での照射は彼女にとって辛い痛みを伴いました。

しかし、美奈子は耐えに耐え、ついに4.8%という寛解に入ったのです。5月12日には臍帯血移植も行われました。臍帯血移植後、状態は一進一退しながらも経過は順調で、7月30日には一時退院できることも決まったのです。

 

それから1ヵ月ほど、自宅で穏やかな日々を過ごしました。その間の美奈子は、食欲もあり顔色もよく元気でしたし、週に一度、都内の病院で受ける検査の結果も良好で、僕はこんな状態がいつまでも続けばいいと祈らずにはいられませんでした。

ところが、8月24日に受けたマルク(骨髄穿刺/こつずいせんし)という検査の結果が悪かったため、病院に呼ばれました。そして、染色体の異常が見つかったこと、つまり再発したことが告げられたのです。9月7日、美奈子は再び緊急入院することになりました。

その後、先生方と治療方針を話し合い、アメリカで開発された新しい抗がん剤を使ってみることになりました。この新薬で効果が出ている人も多いと聞いた美奈子は、再び病気と闘う覚悟をしたようでした。

高熱が続き、口内炎が口中に広がるため、食べるどころか水さえも飲めず、話すこともままならないような状態になりました。

かわいそうで見ているのも辛いほどなのに、それでも美奈子は「ごめんね、ごめんね」と僕らを気遣っていました。
10月になると状態がいい日もあり、そんなときは自宅に戻って数日を過ごしました。しかし、元気に見えてもがんは進行し続けていたのです。

 

医師は、できるだけ自宅で過ごせるようにと外泊を許可。とても喜んだ美奈子さんは、お見舞いに来た高杉さんに、その週の土曜日に自宅に帰れることを満面の笑みで報告しました。その笑顔に安堵した高杉さんは、翌日の訪問を約束して病室をあとにしました。

ところが容体が急変。そして、11月6日早朝、美奈子さんは両親と妹、そして高杉さんの家族に見守られるなか、静かに息を引きとりました。
その顔には、安らかな微笑みが浮かんでいたそうです。

出典:http://bikiniclinic.net/venus/honda_minako/2010/05/03.html

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田中美奈子とアメイジング・グレイス闘病を支えた歌!

田中美奈子さんと言えば美しい声で歌うアメイジンググレイスです

2005年の7月30日、38歳の誕生日の前日に、お誕生日を埼玉県朝霞市の実家で大好きな家族に囲まれて過ごすため、一時退院する美奈子さんを、医師や看護士らが見送りました。

お世話になった人たちの前で美奈子さんは、「私にできることは歌しかないから」と、「アメイジング・グレイス」を歌い、感謝の気持ちを伝えました。
その歌声は、少し前まで生死の境をさまよっていた人のものとは思えないほど豊かで美しく、聴いた人は思わず涙してしまったそうです。

 
こちらの動画は晩年病床でボイスレコーダーに遺したアメイジング・グレイスの彼女の歌声です。
 

辛い闘病生活の中で本田さんにとって歌えなくなることはさらに悲しかったことでしょう。
ボイスレコーダーに歌声を残した本田さん、このアメイジング・グレイスを歌うときは病気のことを忘れることが出来る一時だったのではないでしょうか?

Amazing grace, how sweet the sound
That saved a wretch like me
I once was lost, but now I’m found
Was blind, but now I see

やさしい愛の てのひらで
今日もわたしは うたおう
何も知らずに 生きてきた
わたしは もう迷わない

ひかり輝く 幸せを
与えたもうた あなた
おおきなみむねに ゆだねましょう
続く世界の 平和を

Amazing grace, how sweet the sound
That saved a wretch like me
I once was lost, but now I’m found
Was blind, but now I see

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本田美奈子の死因は白血病!型の種類、原因は?

本田美奈子さんが白血病になった原因ははっきりわかりません

急性骨髄性白血病は、骨髄で作られる造血幹細胞が悪性腫瘍化して、正常な血液を作ることができなくなる、”血液のがん”です。

正常な白血球が減少すると免疫力が低下し、正常な血小板が減ることで止血作用が弱まり、治療をしなければ、最終的に死に至るのです。

原因は、現在の医学でもはっきりとわかっていないので、いつ誰でも襲われる可能性のある病でもあるのです。

急性骨髄性白血病には型には8種類あり、骨髄穿刺の検査で骨髄細胞を採取し、どのタイプの細胞が白血病化したかを顕微鏡で観察し、細かく分類した細胞系統・形態により分類されます。

骨髄(こつずい)の中の芽球の比率が30%以上で急性白血病と定義され、M0からM7の8つの病型に分類されます。

本田さんの白血病がどの型なのかは公表されていませんが、「予後不良」という表現から察するに、中でも最も白血病の進行度が高いM7であると思われます。

M7とは血小板をつくる造血幹細胞が、がん化したものです

M7
急性巨核芽球性白血病

白血病細胞は小型で偽足様突起を持つ。

MPO陰性であるが、
PPO、CD41、CD61陽性。

予後は極めて不良。

本田美奈子の葬儀と家族について

本田さんは東京都葛飾区で生まれておりますが、幼少期に埼玉県朝霞市で過ごされていたそうです。

本田さんの遺志によって朝霞市で葬儀と通夜は行われたそうです。

ファンや関係者で通夜には2700人

告別式には3700人が参加しました。

彼女の公式ファンクラブは多数の要望により、没後も存続し続けており

お墓をお参りしたい方は、朝霞市の広称寺墓苑(朝霞市溝沼1257)で眠っているそうです。

今でもファンからの花が絶えないそうです。

貴重なお写真を一枚ご紹介いたします。

上記のお写真の左側は本田美奈子さんのお母様で、工藤美枝子(くどう・みえこ)さんです。

左側は本田美奈子さんの3歳年下の妹さんで、岡村律子さんです。

美枝子さんは美奈子さんの入院直後から日記をつけ始めました。美奈子さんの様子をつづり、日々の支えにしていたそうです。

NPO法人「リブ・フォー・ライフ美奈子基金」の発起人の一人です。

美奈子さんは入院中他の患者さんのふれあいやファンや仕事仲間からの応援メッセージによって励まされて居たといいます。

あるときに本田さんは、辛い治療に泣き叫ぶ子どもたちの声を聞いて

「ボス(事務所社長高杉氏)聞いて。小さな子どもたちが私と同じ闘いをしているのよ・・」

そして自らが、病気を克服して再び元気な姿でステージに立てるように、難病の人たちの希望になりたいと考え、本田さんが亡くなる半年前の10月19日に難病者を支援するための活動として「リブ・フォー・ライフ美奈子基金」を立ち上げたのです。

本田さんを追悼する公演「リブ・フォー・ライフ音楽彩」が、2015年11月3日に開催されました。
メンバーは
松本伊代(50)
早見優(49)
坂本冬美(48)
森口博子(47)
知念里奈(34)
安倍なつみ(34)
と、本田美奈子さんと時代を共にしたそうそうたるメンバーでした。

特に40代以上のメンバーは、同じ時期に活躍した戦友ともいえるでしょう。

本田美奈子の彼とは諸星和己?闘病生活を支えていた?

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1980年代後半、デビュー曲「STAR LIGHT」の名の通り、星のように輝き世間を熱狂させたアイドルグループ「光GENJI」はご存知ですか?

そのセンターを務めていた諸星和己さんはグループでも一番の人気を誇っており、その人気はまさに社会現象にまでなったのです。

以前、中居正広さんが「ジャニーズで一番人気だったグループは何か?」と質問されたとき、迷うことなく「光GENJI」だと答えたことがあります。

あの中居正広さんはSAMPとしてデビューする前は、光GENJIのバックダンサーを務めていたことでも有名です。

ところで諸星和己さんの元カノですが、とんでもない人数にのぼるそうです。

「その時に輝いている人が好みである」

破局理由も、自ら「浮気しまくってた。6股とか」と語っていたのでかなりのプレイボーイでした!

諸星和己さんが真剣に付き合っていた相手というのが、当時人気を博したアイドル歌手の本田美奈子さんのようです。

18歳の頃に結婚を考えていたようです。

「その女性は恋人であり姉であり同士であり、最も信頼できた」とも申しているようです。

本田さんとの恋愛報道をされたのは、FRIDAYの1990年10月26日号になります。

諸星和己さんが当時住んでいたアパートから本田美奈子さんが出てきて、同じ車に乗り込むところをスクープされております。

二人の馴れ初めはやはり歌番組での共演でした。

当時本田美奈子さんはミュージカル「ミス・サイゴン」のヒロイン役に選ばれたころで、諸星和己さんはデビュー前から本田美奈子さんのファンクラブに入会していたほどのファンでした

本田美奈子さんとは、別れたり復縁したりを繰り返しながら15年も交際を続けたそうです。

年齢から考えると、本田美奈子さんが亡くなられる数年前までということになるようですから

白血病が明らかになってから、諸星さんがお見舞いに行って彼女を支えていたかどうかは分かりません。

お二人の破局理由はいくつかの噂があります。

FRIDAYで報道された内容としては「事務所の許可が得られずに引き裂かれた」というものでした。

当時のジャニーズ事務所はとても力があるので、ある意味納得できます。

しかし諸星和己さんの人気ぶりから、女遊びの激しかった諸星和己さんに本田美奈子さんが耐えられなくなった、という噂もあるようです。

本田美奈子さんは「私は歌と結婚したから、今生では結婚しない」と意味深発言をされております。

もともと結婚願望もあった本田さんは、本当に愛する人を諦めた経験があったのかもしれないとマッジは感じるのです。

諸星和己さんもアイドル時代からの転落から「目の前の大切な人がいなくなることに恐怖を感じる」とも申しており、諸星和己さんの自著での発言と本田美奈子さんの後年の発言により

今でも独身でいる毒舌っぷりを発揮している諸星さんですが、本田美奈子さんのことになるとそういう発言はしないそうです。

結果的に永遠に愛する人を失い今でも本田美奈子さんのことが大切で、忘れていないのが現在でも結婚をしていない理由かもしれません。

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本田美奈子と小林麻央の死相の共通点

近年はこれだけ医療が発達していていも、白血病患者が増えているのも事実です。

2015年の人口動態統計によると、日本では年間8631人が白血病で亡くなっていおり、発症率は10万人に約7人といった確率で、白血病でこの世を去った芸能界、スポーツ界の有名人は意外に多いのです。

白血病でなくなった女優さんやアナウンサー小林麻央さんが記憶に新しいですね

本田美奈子さんも小林麻央さんも闘病生活の自分の姿のお写真を載せておりますが

お二人が闘病生活をしていた写真が、酷似していると噂になったのです。

下記の画像は闘病中の美奈子さんです

バンダナもパジャマや部屋着に色や柄を合わせておしゃれを楽しんでおりました。

出典:http://bikiniclinic.net/venus/honda_minako/2010/05/03.htm

そして下記が小林麻央さんで亡くなる9ヶ月前のお写真です(2016年9月頃)

お二人とも大変な闘病生活を送られているのに、病床でのとても元気な笑顔のお写真を残しております。

死相が似ていると後から言われることになるなんて・・思いもしませんですよね

このお二人が共通しているのは死相ではなくて、生き方への姿勢ではないでしょうか?

最後まで自分の人生に諦めない、決して腐ることなく希望を失うことなく、ファンの皆さんのことを考え感謝した上で公表したお写真であると、マッジは考えます。

詳しい小林麻央さんの意外な経歴についてはこちらの記事でお読みください。

小林麻央の子供の頃と家族!母親の乳がんの現在と父親の浮気で別居?知られざる過去や経歴を調査!

他にも白血病で亡くなった、女優さんがいらっしゃいます。

夏目雅子さんはご存知でしょうか?今でも語り継がれている伝説の方です。

夏目雅子の死因と略奪愛!夫の伊集院静とは不倫関係?桃井かおりと4角関係で泥沼だった真相をチャネる!

夏目雅子さん死因説もいろいろと言われており、エイズとも噂されたこともあります。

当時はエイズの偏見が凄かったので、根も葉もない噂が流れたのかもしれません。

夏目雅子さんも入院後7ヶ月で亡くなっており、本田美奈子さんも診断されてから10ヶ月も経たないうちにこの世を去っております。

本田美奈子さん星座占いで性格チャネリング!

本田美奈子さんはしし座さんになります。

【星座占い】しし座さんの本質のまとめチャネる!

タロットチャネリングで本田美奈子さんの人物像をチャネる!


本田美奈子さんは
」正位置です!

タロットカード◆大アルカナ

本田美奈子さんへのタロットチャネリングメッセージ

正位置:希望、憧れ、ひらめき、インスピレーション…

死後10年以上経た今でも輝き続けている本田美奈子さん。

白血病を患い、絶望的な気持ちになりましたが、彼女の歌が心の支えになりました。

最後まで彼女は生きることに真面目に向き合っていた方です。とても純粋でがんばりやさんだった本田美奈子さん

父親とのご縁が薄く、男性の運も薄かったのですが、深い愛をこの世に残しております。

短い人生を誰よりも濃く生き、永遠のハイトーンの美しい声とお姿は可愛いままで、私達の記憶の中にいらっしゃいます。

タロットチャネラーMagicalの勝手にチャネリングニュースラボでした!
ここまでお読み頂きありがとうございます!

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